こんにちは!ハイパフォーマンス組織プロデューサーの浅野潔です。
   前回は、VUCA時代のビジネスに役立つ軍事理論として、アメリカ海軍の意思決定・問題解決ノウハウを紹介しました。
   今回は、中東の架空の国にある大手石油会社支店日本人社員の国外脱出計画の作成を題材として、ケーススタディーとして解説していきます。

ブルーオーシャンエネルギーコーポレーション(BOEC)
   ブルーオーシャンエネルギーコーポレーション(以下「BOEC」と記述する。)は、1975年に設立され、現在は世界でトップ5に入る石油・ガス会社である。
   本社は東京にあり、中東、アフリカ、南アメリカ及び北極圏にも多数の石油探査及び生産活動を展開している。BOECは世界中で約3万人の従業員を擁しており、売上高は年間約6000億円である。

本社の組織
   本社の組織は、つぎのとおり。
経営部門:戦略企画部、経理部、法務部、人事部、、広報部
技術研究部門:探査技術部、生産技術部、境保全技術部、ノベーションラボ
海外展開部門:地域毎の支店・生産施設の統括、海外事業推進部

事業内容と業績

   BOECは石油・ガスの探査、生産、精製、販売を主業としているほか、再生可能エネルギー事業への投資も進めており、特に近年では風力・太陽光発電に関するプロジェクトが進行中である。
業績に関し、過去5年間で中東新規油田の開発成功や環境技術の革新によるコスト削減などが功を奏し、年平均10%の利益増加を維持している。
また、再生可能エネルギー事業も順調で、全体の利益に占める割合が増加傾向にある。
   具体的には、以下のような取り組みを行っている。
〇風力発電:日本国内および欧州で複数の風力発電プロジェクトを展開し、総発電容量は200MWを超過
太陽光発電:アフリカと南アメリカで大型太陽光発電所の建設を進め、持続可能なエネルギー供給に貢献
新技術開発:イノベーションラボでは、二酸化炭素の回収・貯留技術(CCS)や水素エネルギーの研究開発に従事中

BOECの特徴
BOECは、エネルギー業界のリーダーとして、技術革新、環境保護、社会貢献を推進し、持続可能な未来に向けた取り組みを続けている。
また、BOECの経営戦略は、持続可能性と成長を両立させるものであり、戦略的イノベーションとリスク管理を重視している。
組織マネジメントの観点から、変化対応型の組織構造を採用し、迅速な意思決定と柔軟な対応を可能にしている。
経営理論に基づいた効果的なリーダーシップと従業員エンゲージメントの向上を図る取り組みも行われている。
   BOECは、地域社会との共生を重視し、CSR(企業の社会的責任)活動にも積極的に取り組んでいる。
具体的には、教育支援プログラム、医療支援プロジェクト、環境保護活動などを展開しており、持続可能な社会の実現に向けた努力を続けている。
また、グローバルな視点から、多様性と包摂(ダイバーシティ&インクルージョン)を推進し、多様なバックグラウンドを持つ従業員が活躍できる職場環境の整備に力を入れている。

海外支店の状況
   BOECは中東に5カ国、アフリカに3カ国、南アメリカに2カ国、北極圏に1カ所での探査・生産活動を行っており、各地域には専門の経営チームが配置されている。
特に中東のサフィーラ王国では、石油生産量がBOEC全生産量の約40%を占めており、業績上非常に重要な位置付けとなっている。
このため、BOECサフィーラ王国支店は同社が海外に展開する重要な拠点の一つである。

サフィーラ王国(イメージ地図)

    BOECサフィーラ支店は、現在首都中心部に位置する10階建てのオフィスビル4階にあり、国内各地に3か所の営業所を有している。
   また、郊外には大規模な石油生産施設(2つの採掘所と1つの石油精製施設)が稼働しており、合計で約300人の社員が働いている。
このうち、約100人は外国からの駐在員や技術者で、彼らの家族を含めると、約200人の外国人がサフィーラ王国内で生活している。
外国人社員及びその家族約200人のうち、日本人は約80人である。

BOECサフィーラ支店の入居しているビル

 

BOECサフィーラ支店の組織

    支店長:BOECサフィーラ王国支店の最高経営責任者(日本人) – 渡辺浩二
    副支店長:同上補佐(イギリス人) – ジェームズ・スミス
   営業部:部長 – 伊藤恵一、エリアマネージャー – 中川真理子、営業担当 – 田村直樹
   生産部:部長 – 高橋和也、エンジニアリングチームリーダー – 岡田智子、石油採掘エンジニア – 鈴木翔太、石油精製技術者 – 西村修
   保安部:部長 – 松井剛、安全監査担当者 – 村上健、セキュリティチーム – 山本裕太
   人事部:部長 – 佐々木裕子、人事担当者 – 石井真奈
   総務部:部長 – 田中一郎、総務担当者 – 吉田舞
   財務部:部長 – 中村太一、会計担当者 – 藤井美咲、購買担当者 – 森田健吾
   IT部:部長 – 本田明、システム管理者 – 加藤亮、ITサポートチーム – 三浦徹

サフィーラ王国の動向と対応
政情不安
202X年初頭、サフィーラ王国内での政治的対立激化に呼応して、過激派が扇動する群衆デモが頻発し、外資系企業や外国人旅行者も攻撃対象となりつつある。
同年8月初旬、群衆デモの一部が暴徒化し、BOECサフィーラ王国支店が入居しているビルに投石され、現地警備員3名が重軽傷を負った。
また、日本人社員の多くが住んでいる住宅地で原因不明の火災が発生し、幸いにして社員は無事であったものの、駐車中の自家用車3台が炎上した。

   8月下旬、事態の鎮静化の目途が立たず、国民の不満がさらに外国人に向けられるようになった。
緊迫した空気の中、街中では銃声や爆発音が響き、恐怖と混乱が広がっている。

BOECサフィーラ支店付近での暴動の状況

外務省の対応

  同年8月18日、サフィーラ王国国内の情勢に鑑み、外務省は海外渡航注意喚起レベルをレベル3(渡航中止勧告)からレベル4(退避勧告)に引き上げるとともに、情報収集体制の強化、在外公館の警備強化、緊急連絡体制の強化を指示した。
また、情報によれば、関係各国はサフィーラ王国滞在中の自国民保護のための軍事作戦を準備中である。8月19日、外務省は在外邦人の国外脱出に関し、防衛省との調整を開始した。

BOEC本社の対応

   8月20日0900、BOEC本社は、中東方面緊急対策室を設置した。サフィーラ王国支店の全従業員及びその家族の安全確保ができないと判断し、同支店長に対し次を指示した。

  • BOECサフィーラ王国支店の業務停止及び閉鎖
  • 会社資産の保護
  • 情報収集及び本社との連絡体制の強化
  • 機密情報の保全(状況により処分)
  • 全従業員及び家族の安全確保
  • サフィーラ王国内の関連施設の安全確保
  • 日本人社員及び家族の緊急脱出計画の策定と準備
  • 社員及び家族のメンタルケア

BOECサフィーラ王国支店の対応

   8月20日1000、支店長の渡辺浩二は、本社の指示を受け、速やかに支店内に危機対策チーム(以後、「OPT」と記述する)の編成及び同チームによる緊急脱出計画の策定を指示した。

OPTのチームの編成

   8月20日1030、支店会議室にて社内緊急役員会議が開催され、OPTが次のとおり編成されることとなった。

  • チーム長:人事総務部長 中村太一
  • チーム長補佐:人事課長 佐藤美奈子
  • チーム員:営業部(伊藤恵一)、採掘生産部(岡田智子)、安全保安部(松井剛)、人事・総務部(佐々木裕子、石井真奈)、財務部(、藤井美咲)、IT部(加藤亮)

   ミーティングに先立ち、チーム長に指定された中村太一は、支店長室に呼ばれ、日本人及びその家族脱出に関する渡辺支店長の方針を以下のとおり確認した。

  • 8月21日1200までに日本人社員・同家族を対象とした緊急脱出計画を策定
  • 8月21日1300に作成した計画を報告
  • 計画策定にあたっての重視すべき事項は次の通り
    • 安全最優先
    • 短時間オペレーション
    • シンプルな計画

   日本人以外の外国人社員に対する安全確保については、別チームを編成、検討させる。
中村部長は、自室に戻り、本社からの指示及び支店長の方針を再確認するとともに、どのようにして脱出計画を作成するかを思案した。
2か月前に行われたクライシスマネジメントの勉強会で、本社戦略企画部から派遣されたアメリカ海軍出身の危機管理担当社員がブリーフィングした「NPP」の手順を思い出し、この手順で計画を作成することを決めた。

キックオフミーティング
8月20日1100、先ほど役員が集まっていた会議室が、危機対策チーム(OPT)のワーキングスペースに指定された。
突然の指示により、チームメンバーが続々と集まり会議室の席についた。一同は未だ状況がつかめず戸惑いと困惑していた。
会議室のテレビには、国営テレビが過激化するデモの状況を繰り返し映し出していた。
一部の国は居留民脱出軍事作戦を開始、サフィーラ国際空港には駐機している各国の軍用輸送機の映像が放映されていた。
会議室内には既に総務部員により作業用のホワイトボード数台が用意され、壁には地図や緊急連絡先などの必要な情報が掲示されていた。
人事総務部長の中村太一が、本社からの指示メールをスクリーンに投影しながら、現在の状況、チームの目的と役割分担、そしてこれから皆で協力して明日の12時までに緊急脱出計画を作成しなければならないことを説明した。
会議室内の空気は緊張感で張り詰めており、全員が真剣な表情で耳を傾けていた。
また、計画の作成手順は前回のクライシスマネジメント勉強会で学んだ「NPP」手順に基づき、Step1(使命の分析)からStep5(計画・命令の起案)までのプロセスで作業を進めることを皆に伝えた。
1300から早速作業を始めることを告げ、必要な準備をしておくように伝え、一旦閉会した。

緊迫した状況の中での危機対処チームのキックオフミーティング

Step1:「使命の分析」8月30日1300-1400
 作業の着手 
短時間のコーヒーブレイクの後、OPTメンバー全員が席に着いた。
会議室内には緊迫感が漂い、メンバーたちは予感するストレスに悩まされていた。
早速「使命の分析」の作業が始まった。作業開始に先立ち、OPTリーダーの中村太一がホワイトボードにスケジュールを書き込んだ。チームの中には、明らかにイライラしている者や、不安げに周囲を見渡す者もいた。中村リーダーがチームに示した作業予定は、次のとおりである。

【作業予定】

  • 8月20日
       1300-1400:使命の分析
       1400-1800:我が行動方針分析の検討
       1800-2200:我が行動方針の分析
       2200-2300:我が行動方針の比較と検討
  • 8月21日
       0800-1200:計画の作成
       1300-1400:支店長報告

    それは極めてタイトな作業スケジュールであった。空調の効いた部屋でさえも息苦しさを感じる中、中村リーダーが初めて声を挙げた。
「計画作成に際し、本社の方針や指示事項は何か?」と。ちょっとした葛藤が生じた。本社からの情報は断片的であり、不確実性を孕んでいた。
記録担当の者が苛立ちを隠しながら、様々な情報をホワイトボードに書き込んでいく。
本社からの追加指示や情報提供に関するメールや電話などのやり取りをまとめ、内容を逐一ホワイトボードに記入し、皆が見えるようにした。
13時30分現在で集約整理された主な重要情報は、以下のとおりである。

本社の方針及び指示
  1. 日本人社員及び家族の緊急脱出計画の策定と準備
  2. 計画作成の範囲は、支店、日本人居住地及び各施設から日本政府が指定した場所までの移動
  3. 国外脱出は自衛隊機及び政府チャーター船による予定であり、指定場所に到着後は外務省及び防衛省の保護下に入る。
支店長の指示
  1. 緊急脱出計画を8月21日1200までに作成
  2. 計画策定にあたっての重視すべき事項
    • 安全最優先
    • 短時間オペレーション
    • シンプルな計画
  3. OPTは、計画作成後、引き続き執行部の中核として活動

サフィーラ王国国内の最新情勢

  1. 本日午前、市街地で反対派がタイヤを燃やして政府抗議集会を開催後、デモ行進実施
  2. 政府治安機関は弱体化しつつあり、反政府活動の取り締まりは困難
  3. 現時点では空港及び港湾の治安は維持されているが、予断を許さない状況
  4. 自衛隊機及びチャーター船の到着時期は不明

BOEC本社の「ミッション・ステートメント」

続々と新たな情報が入り、OPTは本社の指示している内容の整理に着手した。本社からは「ミッション・ステートメント」が次のとおりメールにて伝えられた。

  BOECサフィーラ王国支店長は、日本人社員及びその家族の生命及び財産の安全を確保するため、速やかに日本人社員及びその家族を安全に日本政府が指定した脱出地点に集合させる。

BOECサフィーラ王国支店の「ミッション・ステートメント」

   日本政府は、「国外退避のため脱出地点をサフィーラ国際空港とサフィーラ港中央ターミナルに指定した」旨、本社から連絡があった。
   BOEC本社の「ミッション・ステートメント」を受けて、チームメンバーからの意見や提案をもとに、OPTは、支店の「ミッション・ステートメント」を次のとおりまとめた。

   BOECサフィーラ王国支店長は、日本人社員及びその家族を安全にサフィーラ国際空港及び又はサフィーラ港中央ターミナルに集合させるため、サフィーラ国際空港及び/又はサフィーラ港中央ターミナルに安全に移動させる。
(以後、サフィーラ国際空港を「空港」サフィーラ港中央ターミナルを「ターミナル」と記述する。)

情報収集

   様々な断片的な情報から全体像がわかる大きな絵(Big Picture)を描くのは困難を極めていた。
中村リーダーは、チームに対し、今後計画を進めていく際に不足している情報及び支店長が意思決定する際に必要な判断材料としての情報のリストアップを指示し、情報収集の担当を指定した。

  • 空港及びターミナルまでの経路の治安状況
  • 空港及びターミナルまでの移動手段
  • 自衛隊機及びチャーター船の到着時期
  • 自衛隊機及びチャーター船の輸送能力
  • 今後の暴動激化の見積もり
  • 国外退避する社員及び家族の人数及び属性
  • 国内に残留する人の確認
  • 現地派遣の外務省・防衛省職員との連絡手段

   OPTメンバーたちは、緊迫した雰囲気の中、ホワイトボードに記された情報をじっと見つめながら、これからの作業に対する不安と決意を感じていた。

ホワイトボードを囲み白熱した議論を展開する危機対処チームメンバーたち

Step2:「我が行動方針の概成」8月30日1400-1800

   「我が行動方針の概成」に際し、OPTリーダーの中村太一は、3つの「COA」を検討することを「OPT」に指示した。
「我々が最も重視すべきは日本人社員の安全だ。安全ルートを最優先に考えなければならない!」とあるメンバーが力説した。
しかし、別のメンバーは冷静に反論した。「もちろん安全は大切だが、速さも求められる。もし迅速に動かなければ、事態がさらに悪化する可能性がある。」と
「だから、近道を取るべきだ!」と他のメンバーが続けた。
すると若手のメンバーが地図を広げ、可能性のある経路を指でなぞりながら提案した。
一方、ある女性メンバーは否定的な意見を投げかけた。「近道を取ると、危険な地域を通ることになる。それが本当に良いのか?」と。

    その時、チームの中から新たなアイデアが浮かび上がった。
「では、2つのルートを準備するのはどうだろう? 一つは最短距離でリスクを取るルート、もう一つは安全を最優先するルートだ。」
「それは一考の価値があるな」と中村リーダーがうなずいた。
「しかし、2つのルートを用意するのは人手とリソースが必要だ。それに、混乱を招く可能性もある。」部屋の中は、一時の静けさが訪れた。
しかし、それぞれのメンバーの顔には、困難を乗り越えようとする決意が見られた。

OPTはディスカッションを通じて以下のCOAを考えた。

COA1:全員がまとまって空港に移動する。

COA2:全員がまとまって港に移動する。

COA3:2つのグループに分散し、それぞれが空港及び港に移動する。

   脱出者の集合場所に関し、検討の結果、支店が入居しているビル3階の大ホールとした。作戦の段階(Phase)に関し、各COAとも次の段階区分とすることにした。

段階区分 概要
Phase1
(移動準備)
   情報収集を強化するとともに、脱出者の連絡網を整備し常に連絡ができる体制を確立し、移動に必要な準備を進める。
Phase2
(集合待機)
   支店長の指示により、脱出者は集合地点(本社ビル3階大ホール)に集合し待機する。また、予定移動経路の最終安全確認を行う。
Phase3
(進出移動)
  支店長の指示により、集合場所を出発し、指定場所(空港及び/又は港)に進出移動し、到着後、外務省・防衛省の指示により集合する。(以後、外務省・防衛省の保護下に入る。)

   中村リーダーはOPTを3つの小グループに分け、それぞれが指定した「COA」の概成作業をすること及び途中でメンバーを相互に交代させることを指示した。

   検討に際し、現時点で情報が不足している事項については、仮定(前提条件)として設定した。
例えば以下のようなものである。

  • 自衛隊輸送機は2機体制で運用し、邦人全員の収容が可能
  • 外務省の交渉により、反政府勢力は邦人を含む外国人には危害を加えない
  • 指定場所への移動は、天候の急変による影響を受けない。

   OPTは各COAに関し、オペレーションのイメージを創造し、その概要をスケッチ図及び文章で表した。
各メンバーの顔には緊迫した表情が浮かび、何度も意見が交錯する中でスケッチ及び文章が次第に出来上がっていった。
その結果明らかになった事項は以下のとおりである。

COA1:全員がまとまって空港に移動

   集合地点から空港までの距離は60kmであり、速やかに保護地(空港)に到着できるが、治安の悪い地域の近傍を通過するリスクがある。
この提案を聞いた際、いくつかのメンバーは安全性への懸念を強く示した。
また、自衛隊輸送機の種類及び機数によっては全員が一度に搭乗できない場合があり、その場合、数度の輸送となる可能性がある。
これに対し、時間やコストの無駄だとの意見も飛び出した。

COA2:全員がまとまって港に移動

   集合地点から港までの距離は約800kmであり、長時間の移動となるため、体調不良者発生の配慮が必要であり、また悪路が続き通行不能及び車両故障のリスクがある。
乗船者人数には余裕があり、全員を一度に収容できる。しかし、この移動時間の長さは、多くのメンバーの疲労やストレスを引き起こす可能性があるとの意見が挙がった。

COA3:2つのグループに分散し、それぞれが空港及び港に移動

   「COA1」及び「COA2」の特性を有し、それぞれのグループが完全に別行動となるため状況把握が困難となる。
一方、健康上、安全上の配慮が必要な人は空港組にすることで先に空港(保護地)到着できる。
この提案には、チームの中で意見が分かれ、熱のこもった議論が交わされた。

COAの妥当性評価

   引き続き、OPTはオペレーションのイメージが出来上がった各COAに対し、その妥当性を目的に対する「適合性」、実施に対する「可能性」、結果に対する「受容性」、違いに対する「独立性」及び網羅に関する「完全性」の視点からチェックした。
その結果、各COAとも妥当であり、行動の選択肢として必要な要件を満たしていることを確認した。

対抗分析の準備

   リーダーは次のステップの中で実施する「対抗分析(Wargaming)」に関し、「COA1 vs MDCOA」「COA2 vs MDCOA」「COA3 vs MDCOA」の3回実施することとし、各ゲームはPhase2のみを1.5時間で実施し、残り30分で結果を取りまとめることとした。
また、支店長の方針から各ゲームで重視する事項を「安全最優先」「短時間オペレーション」「シンプルな計画」を指示した。

それぞれの行動方針(COA)を検討するチームメンバーたち

   また、OPTの中から厳選して6名を選び、「レッドセル」として反政府派勢力などの役割をしてもらうことを指示した。
敵(反政府派勢力)の行動方針「ECOA」に関し、最も脅威度の高いMDCOA、即ちもっと我々に危険な行為を及ぼす行動方針のみを対抗分析で実施することを指示した。
   解散後、会議室は対抗分析のためのレイアウトを変更し、テーブル上には地図及び移動する邦人脱出者、反政府勢力を表す駒が置かれた。また、経過概要及び気づきの修正改善すべき点を記録するホワイトボードが用意された。

Step3:「我が行動方針の分析」8月30日1800-2200

対抗分析その1(COA1 vs ECOA)

   対抗分析は次の要領で行われた。

  • 我の行動(Action)
    脱出グループはまとまって集合地点を出発した。
    チーム内の一人が、「道が思ったよりも悪いな。これでは予定通りには進めないだろう」と懸念を述べる。
    不安げな表情をする者が見受けられた。
    最初の休憩地点まで進出したが、悪路のため到着が1時間遅れた。
    リーダーが提案し、選抜した人員をもって先遣隊を先行させ、道路の状況などをチェックし報告させるようにした。
  • 反政府勢力の行動(Reaction)
       レッドセルが演じる反政府勢力は空港に通じる道路の交差点や橋などの要所にバリケードを築き、装甲車や武装した兵士たちを配備し強固に封鎖した。
    先頭を進んでいた車両がバリケードを確認しリーダーに報告すると、たちまち緊迫した雰囲気が蔓延していった。
    立ち往生した邦人の車やバスの近くに、武装した反政府勢力の一団が近づき、その中の一人が突然、車の窓を割り、銃を突きつけて金品を要求した。
    周りの邦人たちは恐怖に震え、貴重品や現金を取り出し始めた。
  • 我の対応行動(Counter Reaction)
       リーダーは急いで現地語が堪能な社員を引き連れ、反政府勢力リーダーと交渉を始めた。
    リーダーの表情は緊張感に満ちていた。冷静に交渉を進めた結果、医薬品及び食料をと交換に通行を認めてもらうことで交渉に成功した。

   対抗分析実施中、OPTメンバーは積極的にホワイトボードへ経過概要、邦人脱出役が取った判断処置、気づきや改善点を書き出し続けた。
その間も、メンバー同士が「あの時の交渉、もっとこうしたらどうだろう?」と意見を交わし続けた。次々とアイデアが出てきた。自らの考えや感じたことを共有し、討論を深め、以下のようにCOAの改善すべき点をまとめていった。

  • 先遣チームの派出による状況把握
  • 代替迂回ルートの計画
  • 反政府勢力との交渉要領(物品の引き渡しによる通行許可)
  • 急病人発生時の対応
  • 遅延車両が発生した場合の対応

対抗分析その2(COA2 vs ECOA)

(記述を省略)

対抗分析その3(COA3 vs ECOA)

(記述を省略)

対抗分析結果の評価
3回の対抗分析を通じ、チーム内のコミュニケーションも次第にスムーズとなってきた。
イメージが曖昧だった部分も明確となり、それに呼応して各COAの不十分な点や改善すべき点を具体的に洗い出すことができた。それらの事項を加味してそれぞれのCOAを改善充実させた。

地図を囲み対抗分析実施中のチームメンバ-たち

■Step4:「我が行動方針の比較と決定」2200-2300

   既にメンバーの表情にはかなりの疲労が感じられた。会議室内の大きなモニターには3つのCOAスケッチとその詳細な記述が映し出されていた。
メンバーたちの目は真剣で、それぞれのCOAの長所と短所を静かに考えていた。沈黙の中、中村リーダーがホワイトボードに「安全」「短時間」「シンプル」というキーワードを大きく書き込んだ。「各COAを評価する基準はこのとおり。
特に最初の「安全」は絶対に妥協してはならない。」リーダーの堂々とした声が部屋に響いた。
   一人の若手メンバーが手を挙げて、COA1について指摘した。
「COA1のルートでは、過激派の活動地域を横切る部分があり、遭遇のリスクが非常に高い。安全性の観点から見ると採用は難しいのではないか。」
別のベテランのメンバーも続けて発言、「COA3については、何かトラブルや危険が発生した場合の調整が難しい。多くの要因を考慮しないといけないので、シンプルさを求めるならば適さないだろう。」
OPTメンバーたちは会議室の左側の壁に掲示してあるCOAの比較表を見ながら、積極的に議論を交わした。
時間が経つにつれ、意見はCOA2に集約されていった。

リーダーは立ち上がり、全体を俯瞰するようにして「ディスカッションの結果、私たちはCOA2が最もバランスが取れており、各基準を満たしていると判断した。
それに基づき、明日は具体的な計画を作成していく。」と明確に指示した。
メンバーたちも納得の顔で頷き、新たな段階への準備を始め、それが終わると本日は解散した。

3つのCOAの長所・短所を比較検討中のチームメンバーたち

Step5:計画及び命令の起案

   朝の明るい光が会議室に差し込み、中央の大テーブルには資料や書類、PCが乱雑に置かれていた。
空気は濃厚で、深刻な眼差しを持ったOPTのメンバーたちが、頭を寄せ合い、COA2の詳細な脱出計画をそれぞれ分担して作成に着手し始めた。
既にCOAの内容は完成度が高く、イメージが出来上がっているので、後は機械的に定められた記述様式、すなわち、1.情勢 2.使命 3.実施 4.管理後方 5.指揮統制の項目に落とし込んでいくだけであった。
   誰かがプロジェクターを起動し、壁にCOA2の流れが映し出された。キーボードのタッピング音や紙のページをめくる音だけが聞こえてきた。
「この部分、実施のところ、明確に指示が必要だと思うんだけど…」という意見に、別のメンバーが「その通り、それを補完するためのデータをこちらで持ってる」と情報を交換しつつ、作業が進められた。
   最初に設定した「仮定(選定条件)」のうち、未だ事実が判明しないもの、すなわち、反政府勢力が危害を加えようとした場合及び天候が急変した場合のリスク軽減計画を作成し、補備計画(ブランチ・プラン)とするようにした。
時計の針が1130を指す頃、一人のメンバーが深い息を吸って「やった、計画はこれで完成だ!」と声を上げた。
その後の30分間は、文書の細かいチェックや誤字脱字の訂正、そして支店長への報告の準備に使われた。
会議室は一時の安堵感で包まれ、全員が互いに肩を叩き合い、この難局を一緒に乗り越えたことを喜び合った。(計画の具体的内容は、記述を省略)

COA2に基づき慌ただしく脱出計画を分担して作成するチームメンバーたち

   

支店長への報告 8月21日1300

   13時きっかりに会議室の扉が開き、重厚な足取りで支店長の渡辺浩二が入室し着席した。
緊迫した空気感が部屋に漂っていた。OPTのメンバーたちは、これまでの検討プロセスが手書きで記されたホワイトボードや、机上に散乱するポストイットや地図に目をやりながら、準備を整えた。「この部屋、軍隊の司令部室のようだな!」と渡辺支店長が苦笑いしながら言った。

   OPTリーダーの中村太一は堂々とした態度で報告を開始。
「支店長、まずは全般的な流れからお伝えします。」
報告が進むにつれ、それぞれの担当者が自身のセクションの詳細を丁寧に説明した。
「この部分は特に重要でして、」とあるメンバーが指摘しながら、ホワイトボードに記された項目にポインターのレッドレーザーを当てた。

  渡辺支店長は真剣にメモを取りながら、時折細かい質問を投げかけた。
「この点、家族間の安全確認のための報告と連絡調整はどうするんだ?」との問いに、OPTリーダーは、検討した内容を説明した。

   報告の最後に、渡辺支店長は静かに頷き、「皆さん、短期間での計画立案、大変な作業だったと思う。感謝している。」
と言葉に力を込めて述べた。報告が終わり、部屋の空気は一息ついたかのように軽くなった。

チームリーダーが、支店長に対し完成した脱出計画の概要をブリーフィング

   OPTのメンバーたちが集まり、「今回の脱出計画の立案に、軍事理論のアプローチを取り入れたことは、本当に有効だった。」
「 特に「NPP」は、臨機応変の状況でもクリアな判断を下すのを助けてくれた。」と一人のメンバーが強調した。
別のメンバーが付け加えた。「正直、NPPがこんなリアルなシチュエーションで使えるとは思っていなかったけど、そのフレームワークがまさにこの状況にフィットしていたよね。」周りのメンバーたちは一斉に頷き、「本当に、これを知っていたからこそ、迅速かつ的確に行動できたと思う」との意見にまとまった。

まとめ

   いかがでしたでしょうか?
 こののケーススタディーでは、脱出計画の作成に関し、軍事理論である「NPP」(Navy Planning Process)の手順を用いることで、OPT(危機対策チーム)が効率的かつ迅速に行動方針を策定し、計画に落とし込むプロセスを描写しました。
この描写を通じて、NPPが
がビジネスの現場でも有効であることを明らかにしました。
軍事とビジネスは一見すると異なる分野に見えますが、実際にはその中核にある問題解決のプロセスの原理は共通しています。
VUCAの時代において、従来のロジックや手法では適切な意思決定や課題解決が困難となり、新たなアプローチが求められています。
軍事理論のビジネスへの応用という視点は、新たな戦略的思考を提供します。    NPPのフレームワークを導入することで、ビジネスにおける問題解決の精度が高まり、リスク管理やクライシスマネジメントの強化が可能となります。
   変動の激しいビジネス環境においても柔軟かつ迅速に対応できる体制を整えるため、軍事理論を応用した戦略的アプローチが、今後の企業経営において重要な役割を果たすことが期待されます。

浅野 潔

浅野 潔

ハイパフォーマンス組織プロデューサー
元海上自衛隊作戦教官(1等海佐)令和3年9月退官
セミナー・研修及びコンサルタント業務を通じて、主として企業組織の「仕組み」創りに貢献
軍事理論×経営理論 海上自衛隊34年間の勤務経験及びアメリカ海軍から学んだ意思決定、問題解決、組織編制及びトレーにニングノウハウを「ミリタリー式組織マネジメント」として独自にまとめたノウハウを参加型研修を通じて提供
1963年4月生まれ 滋賀県出身 防衛大学校卒 東京都在住
趣味:トライアスロン

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