軍事理論のビジネスへの応用
~アメリカ海軍のノウハウから学ぶ実践的な課題解決と計画問題解決法~

  こんにちは!ハイパフォーマンス組織プロデューサーの浅野潔です。
今回は、VUCA時代のビジネスに役立つ軍事理論として、アメリカ海軍の意思決定・問題解決ノウハウを紹介します。

VUCAの時代と軍事理論
    “It is all about objective!” これは、かつて私が学び、教官を務めたアメリカ海軍大学(U.S. Naval War College)で、退役軍人の教官が最初に述べた言葉です。この言葉は、アメリカ軍の作戦が目的指向に基づいていることを端的に示しています。
現代社会は、状況の変動が激しく、先行き不透明・不案内で将来の見通しの立たないVUCA、つまり、
Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・
Ambiguity(曖昧性)の時代、といわれています。
このようなVUCAの時代においては、従来のロジックや手法、フレームワークではもはや適切な意思決定や課題解決が困難です。このため、新たなアプローチが必要であり、その際に忘れてはならないのは「目的」を見失わないこと、目指すべき方向を誤らないことです。これが、経営戦略の立て方においても重要なポイントとなります。

 

   では、私たちはVUCAの時代において、どのようにして「目的」を見失うことなく、状況に対応し、スピード感のある意思決定を行い、課題を解決していくべきでしょうか?そのヒントは、軍事理論から得ることができます。古今東西を問わず戦いの場はまさに「VUCA」そのものです。そのような戦いの場で勝ち残るためノウハウを蓄積し、集大成した軍事理論は、VUCA時代のビジネスにも応用することができます。

既に欧米をはじめとする諸外国では、最新の軍事理論をビジネスの世界に反映しています。企業の成長戦略やリスク管理と対策においても、このノウハウは非常に有用です。
このブログでは、軍事理論の代表的な例として、アメリカ海軍の意思決定・課題解決手順の概要を説明した後、読者の理解が得やすいような作業情景を描写したケーススタディー通じて、アメリカ海軍の手順を応用したクライシスマネジメントの事例を紹介します。

軍事組織における意思決定・問題解決法
   軍隊の指揮官は、過酷な戦いの場で最善の行動方針を決め、実行し、結果を把握し、新たな意思決定を行うことが強く求められます。このため、指揮官には専門的な立場から助言し、適切な判断材料を提供するスタッフ組織が編成され、指揮官をサポートする「仕組み」が形成されています。
   この仕組みの源流は、諸説ありますが、19世紀のプロシア軍学校(Prussian Kriegsakademie)で行われていた「兵棋演習」といわれています。アメリカ海軍では、この兵棋演習に関する調査研究及び多くの試行を行ないました。そして、その集大成として、1934年に「健全なる軍事的意思決定(Sound Military Decision)」を制定しました。その後、多くのバージジョンアップを重ね、最新ドキュメントである「米海軍作戦計画作成手順(NWP5-01.S. Navy Planning Process(NPP))」を発刊しています。
この手順は、企業の戦略的意思決定、マーケティング戦略やイノベーション戦略にも応用できます。
アメリカ海軍作戦計画作成手順(U.S. Navy Planning Process: NPP)
概   要
   「NPP」は指揮官の「ミッション・ステートメント(Mission Statement)」に基づく「我が行動方針(COA: Course of Action)」を発展させるプロセスを経て、計画と命令を作成します。そのプロセスは、6つの段階(Step)に区分されています。

第1段階(Step) 「使命の分析」(Mission Analysis)
達成すべき目的の明確化
第2段階(Step2) 「我が行動方針の概成」COA Development)
いくつかの行動選択枝を作成
第3段階(Step3) 「我が行動方針の分析」(COA Analysis ((Wargaming))
シミュレーションによるそれぞれの行動選択枝の改善充実
第4段階 (Step4) 「我が行動方針の比較と決定」(COA Comparison & Decision)
行動選択枝の優劣・強点弱点・貢献度を比較し決定
第5段階 (Step5) 「計画及び命令の起案」(Plans/Orders Development)
決定した行動選択枝の計画への落とし込み
第6段階 (Step6) 「計画及び命令の伝達と態勢移行」(Transition)
完成した計画の周知及び実行に向けた準備

   各段階は、入力情報(Input)、作業手順(Process)、作業結果(Output)の関係にあり、前段階の作業結果が次の段階の入力情報となります。
また、各段終了時には、検討結果及び提言内容を指揮官にブリーフィングする機会が設けられています。指揮官は報告内容を了承した後、引き続き次の段階に向けた作業指針(Commander’s Guidance)を示します。

NPPの6段階(nwp5-01 の図を独自に修正)

  このように、それぞれの段階毎に指揮官とスタッフは対話する機会があるので、指揮官の意図や方針をその都度確認しながら作業を進めることができます。

■計画作成チームの編成
   「NPP」の検討作業は、計画作成チーム(Operation Planning Team: OPT)が実施します。
OPTは、普段はそれぞれの部署で働いていうるスタッフの中から選ばれた人たちが集まり、それぞれの専門的知識や経験、知見を活用して計画を作成するための、臨時に構成される「横断的機能組織(Cross Functional Team: CFT)」の一つです。
メンバーのアイデアを集大成して最適の作戦計画の立案作業を行います。

計画作成チームによるアイデアの創出 (出典:海上自衛隊幹部学校HP)


■各段階の詳細
第1段階(Step1):使命の分析(Mission Analysis)
   「使命の分析」では、OPTは上官の意図を正しく理解し、様々な情報を集めた上で、「自分は何をすべきか?」を明らかにし、指揮官としての意図を「ミッション・ステートメント(Mission Statement)」の形で文章化します。
「使命の分析」は、以後の作業の基礎となる重要な作業です。ミッション・ステートメントは以下の6つの項目を含む短文から構成されます。
「誰が(Who)」    (=自 己)
「何を(What)」   (=任 務)
「いつ(When)」   (=時 期)
「どこで(Where)」(=場 所)
「なぜ(Why)」   (=作戦の目的)

   なお、「どのようにして(How)」については、上級指揮官から与えられた自由な裁量の余地であり、この段階での具体化は保留し、今後の検討によりその「やり方」を決めていきます。
  「ミッション・ステートメント」の例は、以下のとおりです。

On Order, Blue Sword Force Establishes maritime superiority in the Operational Area in order to facilitate the destruction of terrorist forces in Redland.
上級指揮官の令により(when)ブルー・スォード部隊は(Who) /赤国内のテロリスト勢力の撃破を容易にするため(Why)/作戦区域において(Where)/海上優勢を獲得する。(What)

第2段階(Step2):我が行動方針の概成(COA Development)
   この段階では、第1段階で考えた「ミッション・ステートメント」をベースにして、「COA」の内容を具体化していきます。上官が部下指揮官に対して示す「作戦方針(Commander’s Intent)」および「計画作成指針(Commander’s Planning Guidance)」、並びに計画作成上の「重要関心事項(Governing Factor)」を考慮しつつ、複数(3個が標準)の暫定的な「我が行動方針(COA)」を作成します。
そして、それぞれのCOAの違いが分かるように、想定される作戦の移り変わりを文章および図で描写し、「ストーリーを作り上げる」ことで、視覚的に表現します。
   その後、以下の5つの尺度からそれぞれの暫定的なCOAの妥当性をチェックします。

適合性(Adequacy) 目的を達成できる行動方針か?指揮官指針と合致しているか?
可能性 (Feasibility) 利用可能な時間、空間、資源をもって任務達成可能か?
受容性(Acceptability) 費用対効果の点から価値 はあるか?
独立性(Distinguishability) 他の行動方針と明確な違いはあるか?
完全性 (Completeness) 行動方針に採用可能な全て手段が含まれているか?

   作業終了時に、指揮官は次の段階で行う「対抗分析(Wargaming)」の分析要領、分析の範囲、重視事項および考慮事項等を「対抗分析指針(Wargame Guidance)」としてOPTに指示します。

第3段階(Step3):我が行動方針の分析(COA Analysis(Wargaming))
   この段階では、シミュレーションとしての対抗分析(Wargaming)を通じて第2段階で作成したそれぞれのCOAの長所および短所を評価し、更なる改善充実を進めます。
対抗分析はOPTが中核となり、予想される作戦環境下において、我が行動方針(COA)と敵の行動方針(ECOA: Enemy Course of Action)とを対抗させ、得られるメリットやそれに伴うリスクを予測し、作戦様相をさらに明らかにしていきます。
   なお、敵の行動方針(ECOA)は、OPTとは別に編成された対抗部隊班(Red Cell)が考案します。ECOAは、以下の2つを含む必要数を準備します。

「最も蓋然性の高い敵の行動方針 (Most Likely ECOA (MLECOA)」
「最も烈度の高い敵の行動方針(Most Dangerous ECOA (MDECOA)」 

   対抗分析は、第三者であるRed cellのLLのリアクションを通じて、新たな気付きや学びを得ることができる非常に有効な方法です。対抗分析の結果から、我が行動方針(COA)の強点(Strength)、弱点(Weakness)、リスク(Risk)および不十分な点(Shortfalls)などを見極め、COAの改善および細部を充実させていきます。
作業終了時、指揮官はOPT に対し、次の段階に向けた指針、すなわち「COA」の「評価基準      (Evaluation Criteria)」を示します。「評価基準」は、例えば、指揮官の「重要関心事項(Governing Factor)」及び「統合作戦の原則(Principle of Joint Operations)」を参考に原則として指揮官自らがOPTの助言も踏まえて決定します。
評価基準の例として、「迅速性」「簡潔」「低リスク」「持久性」などがあります。

簡易的な対抗分析の実施例 (出典:防衛防衛省海上幕僚監部HP)

第4段階(Step4):我が行動方針の比較と決定(COA Comparison & Decision)
   この段階では、対抗分析の結果を反映させて改善充実させた「我が行動方針」の長所・短所を前述の「評価基準」を用いて比較し、最善の行動方針を決定します。指揮官に報告し、承認を得た後、その行動方針が今後の計画作成および命令発出の根拠となります。
   決定に際しては、以下の選択があります。
①1つの COA をそのまま選択する。(Select COA without modification)
②1つの COA を選択し、これを修正する。(Select COA with Modification)
複数のCOAを組み合わせる。(COA by combining of multiple COA)
いずれも不採用とし、第1又は第2段階から再検討する。

第5段階(Step5):計画および命令の起案(Plans/Orders Development)
   この段階では、前の段階で指揮官が決定した我が行動方針(COA)に基づき、OPTが具体的な作戦計画および命令を起案します。計画および命令は、以下の項目をもって構成します。

1. 情勢(Situation)
    全般情勢、彼我の状況及び作戦環境等を記述する。
2. 使命(Mission)
   「ミッション・ステートメント」に基づく指揮官の使命を記述する。
3.実施(Execution)
     指揮官方針、目的、手段、期待成果、作戦構想、指揮下指揮官の任務及び調整事項等を記述する。
4.監理後方(Administration and Logistic)
     監理、後方、人事、広報及び医療支援等を記述する。
5.指揮統制(Command and Control)
      指揮関係、指揮の継承、通信統制の全般計画を記述する。

   記述内容は、時間的猶予、作戦の様相(複雑さ)、指揮のレベルなどによって異なります。また、必要に応じて別紙(Appendix)および付紙(Annex)を作成して詳細を記述します。計画および命令は、指揮官が指揮部隊に対し、意思決定、作戦方針および指針等を示す一義的かつ重要な手段であることから、OPTは簡潔明瞭かつ威厳のある文章をもって作成します。
第6段階(Step6):計画および命令の伝達と態勢移行(Transition)
   計画の発動および命令の執行に際し、その内容を司令部内および指揮下部隊に対しブリーフィングおよびその他の手段を用いて伝達し、速やかに作戦が実施できる態勢に移行します。
態勢移行は作戦規模と時間所要に応じた「予行(Rehearsal)」または演習(Drill)を実施するなど、各種の形態があります。予行の例は以下のとおりです。
①Net Rehearsal(通信系の確認)
Map Rehearsal(地図を使用した簡易的な説明)
Rehearsal of Concept (ROC) Drill(作戦構想の説明を主体とした予行)
Simulation Exercise (横擬机上予行)
Reduced Force Rehearsal(一部の兵力を省した実動予行)
Full Dress Rehearsal (実際の作戦に即した実動予行)

Rehearsal of Concept (ROC) Drillの実施状況 (出典:アメリカ海軍大学HP)

まとめ
   このブログでは、軍事理論の代表的な例として、アメリカ海軍の意思決定・課題解決手順の概要を説明しました。VUCAの時代においては、伝統的な方法だけでなく、新しいアプローチや視点の導入が不可欠です。軍事理論のビジネスへの応用は、このような新たな視点のひとつです。リーダーシップの向上や組織の柔軟性の強化、戦略的パートナーシップの構築など、多岐にわたる分野での応用が期待されます。

 

浅野 潔

浅野 潔

ハイパフォーマンス組織プロデューサー
元海上自衛隊作戦教官(1等海佐)令和3年9月退官
セミナー・研修及びコンサルタント業務を通じて、主として企業組織の「仕組み」創りに貢献
軍事理論×経営理論 海上自衛隊34年間の勤務経験及びアメリカ海軍から学んだ意思決定、問題解決、組織編制及びトレーにニングノウハウを「ミリタリー式組織マネジメント」として独自にまとめたノウハウを参加型研修を通じて提供
1963年4月生まれ 滋賀県出身 防衛大学校卒 東京都在住
趣味:トライアスロン

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